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日経新聞に掲載して頂きました


令和元年5月17日の日経新聞新潟版の「老舗の研究」に掲載させて頂きました。

さまざまな岐路がありながら、乗り越えてやってこれたのも皆様からのご愛顧とご支持のおかげです。

本当にありがとうございます。

 

これからも末永いお付き合いのほどよろしくお願い申し上げます。

 

 

 

 

 

~以下掲載記事~

七五三、成人式、結婚式――。着物に袖を通すのは人生の節目であることが多い。ホンダン(新潟市)は呉服の販売やレンタルを通じ、地域の人々の「晴れの日」に彩りを添えてきた。創業から154年。着物の位置付けが大きく変わる中で、同社の道のりも平たんではなかった。

 

呉服店としてのルーツは江戸時代末期。初代の本間団助氏が巻町(現新潟市)で端切れを売っていたことを記した大福帳(売掛帳)が残っている。創業前後の資料は少なく、団助氏の没年である慶応元年(1865年)を創業年にした。

 

明治時代に洋装文化が入ってくると、普段着として浸透していた着物は豊かさを象徴する存在に。昭和期には高度経済成長とともに「本物志向」の主婦層の需要が増え、1960年代に着物ブームが到来した。ホンダンも巻商店街を中心に7~8店を構え、呉服や子供服、貸衣装を手掛ける人気店として繁盛した。

73年に本間団作氏が6代目に就任すると、経営戦略は大きく変化する。呉服店からショッピングセンター(SC)の開発にカジを切ったのだ。商店街が衰退する中で、団作氏は集客力の高いSCに着目した。呉服店としてのホンダンは清算し、店舗は全て閉鎖。SC開発の新会社を設立した。

86年にはテナント14店が入る大型SC「アイビスホンダン」が開業した。売上高は以前の3倍強の29億円に拡大した。

しかし、90年代半ばになると、景気後退とともに客足も鈍化。競合相手との顧客争奪戦も激しくなった。行き詰まりを感じていた団作氏はSC開発事業をマイカル(現イオンリテール)に譲渡。原点に立ち返り、97年1月に呉服店として再出発することを決めた。

景気低迷下でも着物は富裕層を中心に引き合いがあった。古くからの顧客も多く、SC内の店舗や2000年に取得した建物(現在の本店)で呉服の個展やイベントを開催して集客に奔走した。

05年の市町村合併を機に、振り袖の取り扱いを開始。巻町が新潟市に編入合併し、成人式が夏から冬に替わったためだ。幼少期にお宮参りや七五三でホンダンを利用した客が成人式のために再び来店するという好循環を生むきっかけになった。

「岐路に差し掛かったら、経験と勘で方向と流れを読み取れ」。団作氏はSC開発の経験を通じ、時流の見極めの大切さを説く。呉服のネットレンタルやプチ結婚式場の開設を手掛けた後、16年に長男の本間団氏にバトンを引き継いだ。

人生の節目を迎えるたびに、同社に足を運ぶ常連客は多い。地域密着を超え、「客の人生そのものに密着している」と本間社長。現在は着物の着付け教室にも力を入れ、「入りにくいという呉服店のイメージを変えていく」と話す。新規顧客の開拓を通じ、着物文化の振興に取り組む構えだ。